こんにちは。実践編として前回に続き「企業のプレゼンテーション資料の英訳」を取り上げます。前回同様、今回も「日本企業が投資家に自社の事業方針を説明する際に使うスライドを英訳する」というケースを想定し、「形を整える」というテーマでお話しします。
この「形を整える」というのは、フォントの種類や色、大きさを調整したり、レイアウトを工夫したりしてスライドの見栄えを良くすることではありません。スライド上での表記を英文ライティングの基本原則に沿って整えることを意味します。様々な日本企業が公表している英文プレゼンテーション資料を拝見しますと、特にこれからお話しする以下の3点に関して、問題のある記述や表記が少なくありません。
英文ライティングの基本原則の一つに「パラレリズム」(parallelism)があります。アメリカでは学校の作文の時間に、徹底的にこれを教え込まれます。あまり聞き慣れない言葉かも知れませんが、「パラレリズム」とは「2つ以上の概念を単語、フレーズ、節、または文として並置・対比するときには、文法的・形式的・概念的に同格な形で並置・対比する」という原則です。「parallelism」の「parallel」は「平行線」という意味ですが、日本語では「平行線」は「議論はどこまでも平行線をたどった」のように「平行線=交わらない」ということから「一致しない」という意味で使われるのに対して、英語の「parallel」は「平行線=同じ方向にある」ということから「共通点、類似点」の意味で使われます。日本語と英語の考え方の違いが伺えて面白いですね。
本題に戻って、まず「パラレリズム」に沿っていない英文の例をあげます。
この例で、動詞「like」の目的語になっているのは「parties」と「to play」です。一方は名詞で、もう一方は動詞のto付き不定詞であり、文の中で形式上同格になっておらず、バランスが悪いのです。これでも意味が全く通じないということはありませんが、読み手を一瞬戸惑わせる文であることから「稚拙な文」という印象を与えてしまいます。そこで「パラレリズム」を意識して、上の文を書き直すと、
となります。元の文と比べて、「パラレリズム」を意識した文の方が、バランス良く目的語が並置されているのがおわかりでしょうか。「据わりが良い文」と言ってもいいでしょう。
日本語ではこの「パラレリズム」が英語ほどうるさく言われないため、新聞や雑誌などのプロのライターによる文章でも、その原則から逸脱している例を目にすることがあります。とは言え、明らかな誤りではなく文意を取り違えることもないため、さっと読んだだけでは気づかないことも多いのです。
「パラレリズム」上問題がない日本語原文でも、その訳文で「パラレリズム」の逸脱が起こる場合もあります。例をあげます。
この日本文を普通に英訳すると、
(A) We looked into how to prepare an audit report and its distribution list.
あるいは
(B) We looked into the process of preparing an audit report and its distribution list.
となるでしょう。
この二つの訳文をよく見ると、動詞「looked into」の目的語が(A)では「how to prepare an audit report」と「its distribution list」、(B)では「the process of preparing an audit report」と「its distribution list」と、一方は動詞を伴った名詞句、片方は名詞となっており、いずれも同格ではありません。またこの訳文のもう一つの問題点は、さっと読むと、「an audit report」と「its distribution list」の両方が「how to prepare」あるいは「the process of preparing」の目的語と解釈されかねないことです。つまり「prepare an audit report」と「prepare its distribution list」をまとめたものが「prepare an audit report and its distribution list」となっているという解釈ができてしまうのです。それを日本語に戻すと「監査報告書と配布リストの作成方法を見直す」となり、元の意味からかけ離れてしまいます。
元の日本文を「パラレリズム」を意識して訳すと、
We looked into how to prepare an audit report and to whom to distribute it.
となり、二つの動詞を伴った名詞句が「looked into」の目的語として同格に並置されています。プロの翻訳者でも、ついうっかり先の(A)や(B)のような訳文を書いてしまうことがありますので、皆さんも注意しましょう。
この「パラレリズム」は箇条書きではとりわけ重要です。IRプレゼンテーションでも箇条書きは多用されます。例えば、企業の事業方針説明の中で
という言い方をよく目にすると思います。ごく普通に使われる言い方で、日本語としては特に違和感はありませんね。ではこれを英訳してみましょう。まずは日本語に忠実に訳した場合です。
ここで示されている3項目のうち、1は「動詞」、2は「動名詞」、3は「名詞」とバラバラですね。内容はともかく、このような英文を会社の事業方針説明資料に載せると「言葉の使い方にルーズな会社」という印象を持たれてしまい、損です。ではこの文を「パラレリズム」に沿って書き直してみましょう。まずは、すべての項目を「名詞」で表現した場合です。
次に、すべての項目を「動詞」で表現した場合です。
上記の(A)も(B)も言っていることは同じですが、会社の事業方針説明では、(B)の動詞表現の方が適切です。その理由は「翻訳よもやま話 第6回」でもお話ししたように、施策は会社として「こうする」という意志の表明ですから、動詞で表現した方がより強く打ち出せます。
もう一つ例をあげましょう。
以下は、プロジェクトの主なステップをフローで示したものです。
これを普通に英訳すると以下のようになります。
動詞で表現されたステップと名詞で表現されたステップが混在しバラバラです。
これはプロジェクトで行う活動を示したものですので、以下のように各ステップを動詞で表現した方が具体的なイメージがわきます。
プレゼンテーション資料では中身が重要であることはもちろんですが、「パラレリズムの原則」を知らずに英訳してしまうと、どんなに良いことを言っていても「稚拙な文章」と見なされてしまいかねません。やはり英文のルールに沿って形式を整えることも重要なのです。
日本語のプレゼンテーション資料を英訳する際に悩むのは、箇条書きにおいて、それぞれの項目の末尾にピリオドを打つか、打たないか、です。日本語では箇条書きでは、それぞれの項目が名詞または名詞句であればもちろんのこと、完全な一つの文の形をしていても最後に句点「。」を打たないこともあり、実際にプレゼンテーション資料でもそのようになっているケースが多いです。では、それを英語に訳す場合もピリオドなしで良いのでしょうか。
箇条書きに限らず、プレゼンテーション資料の英訳でフレーズや文の末尾にピリオドを打つか、打たないかは、日本語原文に句点「。」が付いているか、付いていないかに関わらず、英文としてのルールに沿って判断すべきです。そのルールとは以下の通りです。
ピリオド | ||
---|---|---|
打つ | 打たない | |
タイトル、サブタイトル、見出し | ◯ | |
記述内容が単独の名詞のみ | ◯ | |
記述内容が名詞句 | ◯ | |
記述内容が原形動詞で始まるフレーズ | ◯ (「◯◯しなさい」という指示を表す命令文の場合) |
◯ (「◯◯するということ」という名詞的な意味の場合) |
記述内容が「主語+動詞+目的語」からなる完全な文 | ◯ |
「記述内容が原形動詞で始まるフレーズ」で「打つ」と「打たない」の両方に「◯」がついているのは、そのフレーズの役割によって異なるからです。「◯◯しなさい、してください」という何らかの指示を表す命令文の場合にはピリオドを打ち、「◯◯するということ」という名詞的な意味の場合にはピリオドは打ちません。先に「パラレリズム」の例としてあげた(B)では、各項目が原形動詞で始まるフレーズになっていますが、これらはいずれも「…ing」形の動名詞、あるいは「To付き不定詞」(名詞用法)で書き換えることができ、意味としては「◯◯するということ」ですから、末尾にピリオドは不要です。一方、原形動詞で始まる命令文とは、例えば「10ページの表3を参照」という表現がプレゼンテーションのスライドで使われることがありますが、その場合は「Refer to Table 3 on page 10.」と末尾にピリオドを打ちます。繰り返しますが、日本語原文に句点「。」が付いているか、付いていないかに関わらず、あくまで英文としてのルールに沿ってピリオドを打つか、打たないかを判断します。
各スライドのタイトルやサブタイトル、小見出し、グラフや表のタイトル、表の各項目名の表記について、以下の二つのやり方があります。
これはどちらが正しいということはなく、どちらでも良いのですが、(A)または(B)に決めたらそのポリシーを全スライドで一貫することが重要です。あるスライドは(A)でタイトルを表記し、あるスライドは(B)で表記するというのは、一番やってはいけないことです。
読み手にわかりやすくするためには、
(A) 各単語の頭を大文字 |
(B) 最初の単語の頭だけを大文字 |
|
---|---|---|
表紙のタイトル、サブタイトル | ◯ | |
各スライドのタイトル、サブタイトル | ◯ | |
小見出し | ◯ | |
グラフや表のタイトル | ◯ | |
表の各項目名 | ◯ |
とするのが良いでしょう。タイトルのような強調したい字句は各単語の頭を大文字にし、そうでない小見出しや項目名は最初の単語の頭だけを大文字にすることでメリハリがつけられます。
なお、タイトルで使われている単語の全文字を大文字にしている例をたまに見かけますが、これは避けるべきです。大文字だけで表記された単語やフレーズというのは意外に読みにくいからです。またタイトルではなく本文においても、強調のために一部の単語やフレーズの全文字を大文字にしている例がありますが、これも同様に避けたほうが良いでしょう。スライド上である単語やフレーズを強調したい場合は、そこだけを太字にするか、フォントの色を変えるなどします。
これに関連して、ハイフンを含む複合語を形容詞としてタイトルで使用する場合の大文字と小文字の表記について触れておきます。ハイフンを含む複合語が形容詞として使われている例をあげますと、
これらをタイトルで使用する場合の大文字、小文字の表記原則は以下の通りです。
以上、日本人が英文でプレゼンテーション資料を作成したり、翻訳したりする際に、あまり気づかない表記上のルールについてご説明しました。プレゼンテーション資料がこれらのルールに沿って作成されていなくても明らかな間違いではないものの、「プロが作ったものではないお粗末な資料」という評価を下される可能性があります。どんなに立派なことを言っていても、ちょっとした不注意が原因で読み手に与える印象を悪くしてしまうことがありますので、プロの翻訳者たるもの常に細心の注意を怠ってはなりません。
プレゼンテーション資料の英訳テクニックのご紹介は今回で終わりです。次回は、また別のテーマで実践的な英訳テクニックについてお話しするつもりです。
では、また。
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