Brainwoods Staff Blog

誤訳について考える

こんにちは。制作部の森本寛子です。今回は、先日読んだ記事について思ったことを書きたいと思います。 「オバマ氏は鳩山氏を「感じ良いが厄介な同僚」と思ってた? 回顧録報道の和訳に疑問」 2020年11月19日の Yahoo ニュースで上記の記事を読まれた方も多いでしょう。オバマ元米国大統領が2009年に訪日し、当時の首相、鳩山由紀夫氏と会談した際の発言について、当時の報道記事に誤訳があったという内容です。 この記事を書いたのは鴻巣友季子氏。翻訳に携わる方なら、彼女の名を聞いたことくらいはあるはず。文芸翻訳家であり、エッセイスト・文芸評論家である鴻巣氏が、この誤訳問題について、文法の説明から丁寧に解説してくれています。とても勉強になるので、ぜひご覧になってみてください。 記事の中でも触れられていますが、『歴史を変えた誤訳』(鳥飼玖美子著)でも紹介されているように、歴史を振り返ってみても「誤訳」により政治や世論が左右された例は少なくありません。世界各地で話されている言語が異なる以上、政治のみならずすべての国際交流において、通訳・翻訳という作業は必要となります。そのとき、その通訳・翻訳に携わる人間が、間を取り持つ両者のどちらか一方の考え方に傾倒していたら?両言語が堪能でも、どちらか一方の文化について無知だったら?当人の意思にかかわらず、文意が曲げられてしまう恐れがあります。通訳・翻訳は世界の人びとの架け橋とも言える重要な役割ですが、それゆえ橋が曲がっていたり脆かったりしたら、安心して渡ることができませんね。時にはその橋が落とし穴となってしまうことも……。 話は変わりますが、わたしが数年前から参加している文芸翻訳の勉強会があります。そこでは毎月、英語の小説やエッセイなどから抽出した課題範囲について、10名程度の参加者が各自で翻訳を作成し、それぞれの翻訳文を Web 上のコミュニティスペースで投稿。その後、2時間の勉強会(いまはオンライン)で文法的・文脈的に訳出が難しかった箇所について皆で意見を出し合う、というものです。文学作品という性質もあるでしょうが、この勉強会でわたしの訳文に誤訳が皆無だったことは過去に一度あるかないかです。物語に対する思い込みから生じる解釈違いや、単語や文法の読み間違いがあとを絶たず、正直なところ毎回のように赤っ恥をかいているわけですが、だからこそ「原文を忠実に読み解く」ことがいかに大切かを痛感させられます。 わたしたちが携わる通訳・翻訳という仕事は、先にも述べたように、言葉の垣根を越えて世界中の人びとが円滑にコミュニケーションをとるために必要不可欠な作業ですが、そこに誤訳や誤解があれば、大きな軋轢が生じたり人の命が危険にさらされる可能性すらあります。それを肝に銘じて、これからもこの業務に取り組んでいきたい――鴻巣氏の記事を読んで、改めてそんなふうに思った今日この頃でした。